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日本勢の没落象徴=盛衰の末、パナソニック半導体撤退

28 Nov 2019 11:11:19 GMT9

パナソニックが半導体事業から撤退する。「産業のコメ」と呼ばれ、1980~90年代には日本の電機大手が世界市場を席巻。しかし、2000年代に入り、パソコンの普及に伴う安価な製品開発に出遅れた日本勢は、サムスン電子をはじめ韓国、台湾勢との価格競争に敗れて合従連衡に追い込まれた。かつて半導体生産の優等生とされたパナの撤退は日本勢の没落を象徴している。
 70年代、大手各社は米国発の大型コンピューター向けDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)に相次ぎ参入。高品質が支持され80年代にNECや東芝などが世界シェア上位を独占すると、本家・米国から対日半導体協定(91年)で閉め出しを迫られたほどだ。
 00年前後のデジタル化の技術革新が参入障壁を格段に下げると、製品開発のスピードがアップ。アジア勢が続々と参入し、アップルやグーグルの家電「侵攻」も勢いを増した。DRAMから、主戦場が自動車など幅広い用途のシステムLSI(大規模集積回路)、携帯音楽プレーヤーにも対応する低価格・大容量のNAND型フラッシュメモリーへと目まぐるしく変わる中、各社は半導体の設計と製造の「分業」に遅れた上、巨額の投資競争に追い付けず、際限ない価格競争にも陥る「コモディティー化」の嵐に見舞われた。
 生き残りを懸け、日立製作所、NEC、三菱電機が再編に動き「エルピーダメモリ」や「ルネサスエレクトロニクス」が誕生。しかし、エルピーダは12年に破綻し、かつて米国勢切り崩しの先鋒(せんぽう)だった東芝は18年、半導体子会社を米投資ファンドを軸とする企業連合に2兆円で売却した。
 松下電器産業時代にはプラズマ・液晶テレビなどの複数の家電向けに半導体の中核部分を共通化する「プラットフォーム」で生産効率を極めた。パナの落日は競争優位を失った不採算事業の売却・撤退の決断の遅れをも浮き彫りにした。高度成長期にけん引された白物家電に依存せず、半導体から撤退するパナは、IoT(モノのインターネット)を活用した製造・物流業の効率化支援をはじめ「課題解決型の高収益企業」への転換に背水の陣を敷く。

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