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レバノンの元首相がレバノンのさらなる悪化を確信

2022年2月14日月曜日。レバノンのベイルートで暗殺されてから17回目の命日を迎えた父ラフィク・ハリーリ元首相の墓に参拝した後、支持者を前にするサード・ハリーリ元首相。(AP)
2022年2月14日月曜日。レバノンのベイルートで暗殺されてから17回目の命日を迎えた父ラフィク・ハリーリ元首相の墓に参拝した後、支持者を前にするサード・ハリーリ元首相。(AP)
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15 Feb 2022 11:02:37 GMT9
15 Feb 2022 11:02:37 GMT9
  • 父の暗殺から17年目、元首相は議会の任期延長を懸念

ナジャ・フーサリ

ベイルート:レバノンのサアド・ハリーリ元首相は日曜日、所属政党の会合で、同国の状況は悪化していると述べた。

ハリーリ氏は、ベイルートで暗殺された父ラフィク・ハリーリ氏の17回目の命日に墓参りをした後、支持者たちと会った。

ナジーブ・ミカティ首相とフアード・シニオラ元首相も墓前で祈りを捧げた。

ハリーリ氏は、ベイルートの自宅は引き続き開放し、未来運動は国民と協力してサービスや援助を提供し続け、決して国民を見捨てないと述べた。

ハリーリ氏は数週間前、一時的に政界を離れ、今後の議会選挙には出馬しないと発表している。

ベイルートにあるラフィク・ハリーリ氏の墓の前には数千人が集まり、暗殺事件が発生した午後12時55分に黙とうを捧げた。

支持者たちは未来運動の青い旗と、サアド・ハリーリ氏の写真を掲げ、彼が前を通り過ぎると歓声を上げて手を振った。

ある支持者はこう話す。「今後のレバノンの生活?暗殺事件の発生した日は暗かった。しかしハリーリ氏が政治活動から離れることで、さらに暗くなっている」

タリク・アルジャディダから訪れた女性はこう言った。「彼らは父を殺し、その息子を裏切りました。私たちは今や孤児のようなものです。しかし、私たちの運命を彼らに渡すことは決してありません」

ベイルートのダウンタウンにある殉教者広場に集まった人々の数は、行事の主催者を驚かせた。

人々は墓地の隣にあるアル・アミン・モスクの階段を登り、並行する道路を埋め尽くした。

未来運動は支持者に参加を呼びかけていないが、支持者はソーシャルメディアで連絡を取り合い、追悼行事に集まった。

行事は毎年行われているが、今年はいつものようにハリーリ氏がスピーチをすることはなかった。

父の墓の前で、叔母のバイア・ハリーリ議員とその夫、家族数名とともに、ただ「アル・ファティーハ」を唱えるのみであった。

待っていた人々に手を振って挨拶するとき、ハリーリ氏は感動している様子であった。

「墓地での光景が、すべてを物語っています」とハリーリ氏はメディアに語った。

政治家、宗教家、外交官、社会活動家、経済人などがこの日、ラフィク・ハリーリ氏の墓を訪れた。在レバノンロシア大使館のイワン・メドベスキー全権公使を団長とする、ロシアの代表団も参加した。

大久保武駐レバノン日本大使は月曜日、「ラフィク・ハリーリ元首相が日本を含む多くの国と協力してレバノンの復興に尽力したことを記念します」とツイートした。

進歩的社会党党首、ワリード・ジュンブラット氏は、墓を訪れた後に次のように述べた。「モウカタラ(Moukhtara)で、そしてベイルートの殉教者広場で、毎年アル・ファーティハを唱えよ、教えにはある。忍耐強くあれ、ともされている。我々はそうするだろう」。

未来運動の元議員、ムスタファ・アロウシュ氏は次のように述べている。「我々は、ラフィク・ハリーリ氏の暗殺から始まった計画の結果の目撃者である。それは、シリア、レバノン、イエメンの破壊につながった、地域全体への侵攻である」

ムハンマド・アル・ハジャール議員はこう指摘する。「あれから17年が経過したが、改革と、レバノンの利益へのコミットメントを求めるすべての声が否定され、拒絶される様子を目の当たりにしている」。

「レバノンを、我々のアラビズムと真の帰属意識から引き離そうとする者がまだいる。ミシェル・アウン大統領は、我々は地獄に向かっていると言うが、ラフィク・ハリーリ氏の暗殺は、確かにその入り口だった」

ハリーリ氏は日曜日に同党議員を前に、1月24日に同氏が発表した、政治活動からの撤退を再度伝えた。

また、未来運動にも同様の措置をとり、議会選挙に立候補したり、党の名前で推薦状を提出したりしないよう求めた。

報道によると、同氏はこう語っている。「私の政治的立場や決定に関係なく、あくまで私の個人的な状況判断ではあるが、状況はさらに悪化するだろう。リーダーとしてではなく、一人の兄弟としての私のアドバイスは、選挙に出馬しないことだ。なぜなら、良い兆候がひとつも見当たらないからだ。侮辱から自分自身を守って欲しい」

ハリーリ氏は、「イランの影響力、国際的な混乱、国家の分裂、宗派間の対立の高まり、国家の劣化などを考えると、レバノンにとって前向きな機会が生まれる余地はない」として、この措置が正しいとの確信を示していた。

国会では、次のステージで何をすべきか、という議員の質問に対し、ハリーリ氏はこう答えた。「誰もが立法上の義務を守らなければならず、議会をボイコットしてはならない。議会に参加して、予算案を議論してほしい」

「国会の任期を延長するという決定がなされた場合には、党はそのセッションをボイコットしなければならない。その後は、国会を完全に辞任するという選択肢も議論されるだろう」。

ハリーリ氏は、選挙に立候補したい議員たちにこう言ったという。「出馬を希望し、勝利できると信じ、選挙戦を戦うための財政的、政治的、大衆的な条件を備えている者は、何をしてもよい。ただし、サアド・ハリーリや未来運動の名前を使わないようにしてほしい」

「私は誰かの援護をするつもりはないし、誰かの味方になることも望んでいない」

「自分のためになると思う組織と同盟を結べばよい。しかし、私が誰と同盟を結んでほしくないかは、わかっているはずだ」と述べた。

2005年2月14日に起きた爆破事件では、ラフィク・ハリーリ氏とバセム・フライハン大臣のほか、当時アイン・アルムライセ地区にいた数十人が死亡した。

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