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日本人イラストレーターがゲームデザイナーとしてのインスピレーションについて語る

ウスダさんは、絵を描いたり、ファンタジーの世界を思い描いたりする想像力が、学生時代の辛い時期を乗り越えるのに役立ったと説明した。(提供写真)
ウスダさんは、絵を描いたり、ファンタジーの世界を思い描いたりする想像力が、学生時代の辛い時期を乗り越えるのに役立ったと説明した。(提供写真)
ウスダさんは、絵を描いたり、ファンタジーの世界を思い描いたりする想像力が、学生時代の辛い時期を乗り越えるのに役立ったと説明した。(提供写真)
ウスダさんは、絵を描いたり、ファンタジーの世界を思い描いたりする想像力が、学生時代の辛い時期を乗り越えるのに役立ったと説明した。(提供写真)
ウスダさんは、絵を描いたり、ファンタジーの世界を思い描いたりする想像力が、学生時代の辛い時期を乗り越えるのに役立ったと説明した。(提供写真)
ウスダさんは、絵を描いたり、ファンタジーの世界を思い描いたりする想像力が、学生時代の辛い時期を乗り越えるのに役立ったと説明した。(提供写真)
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30 Dec 2020 07:12:09 GMT9
30 Dec 2020 07:12:09 GMT9

Amin Abbas ドバイ

日本人イラストレーターのウスダヒロさんが、1999年にゲーム会社コナミに入社し、3DCGのデザイナーとして『メタルギアソリッド』や『サイレントヒル』シリーズを手がけた後、2006年にイラストレーターとして独立するまでの道のりについて、アラブニュース・ジャパンに語った。

ウスダさんは、MMO『パーフェクトワールド』の日本語版、『エレニア記』のブックカバー、『カードファイト!!ヴァンガード』などの書籍やカードゲームのイラストを担当した。

ウスダさんは、絵を描いたり、ファンタジーの世界を思い描いたりする想像力が、学生時代の辛い時期を乗り越えるのに役立ったと説明した。

「絵を描くことでできた数少ない友達にも感謝しています。私は地方で育ちました。そして、自分の家ではゲームやアニメ、漫画などを買うことは(もしくは見ることさえ)基本的に禁止されていましたが、友達の家では見ることができました」とウスダさんは振り返った。

ウスダさんは、ゲームで見た緻密で洗練されたイラストがきっかけで、イラストレーターとしての道を歩み始めたという。

好きなゲームについて、ウスダさんは次のように語っている。「学生時代はゲーム禁止だったので、学校を出て社会人になってから遊ぶことができたゲームが全般的に好きです。3DCGのデザイナーとして開発に携わった『メタルギアソリッド』シリーズや『サイレントヒル』シリーズが好きです。これらのゲームでは、刺激的でありながら絶妙に作り込まれたストーリーの中で、遊び心が美しいビジュアルと重なり合って素材を引き立てていることが気に入っています。制作に携わったことで、これらのゲームへの愛着が湧きました。『メタルギアソリッド3 スネークイーター』は開発最終段階のバグチェックで何度もプレイしましたが、何度プレイしても楽しいです」

「日本語版のイラストを担当したMMOの『パーフェクトワールド』も好きです。東洋と西洋の文化がミックスされたデザインで、とても刺激的でした。オンラインゲームなので、いろいろな人と知り合う機会もあります。私にとって、このゲームはとても大切なものです」とウスダさんは付け加えた。

3DCGデザイナーであるウスダさんが初めてイラストでお金を稼いだのは、学生時代に学校のパンフレットのために絵を描いた時だという。

「コナミを辞めて独立して、2006年に本格的なイラストレーターになりました。コナミには1999年に入社したので、7年間の会社勤めを経てフリーランスになりました。会社員をしていた時に、自分の作品を展示するサイトを作っていたのですが、ちょうどいいタイミングでそこから仕事の依頼が来ました。具体的には、2006年に『パーフェクトワールド』のイラストの依頼がありました。まず資料を見てみようと思ったのですが、素直にゲームに驚嘆しました」とウスダさんは説明した。

ウスダさんの作品は、サウジアラビアで開催されたコミックエキスポ・ジッダに出展された。「あの時、このイベントのためにサウジアラビアに行かなかったことを後悔しています。このイベントの親切な主催者にはとても感謝しています」とウスダさんは付け加えた。

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