Since 1975
日本語で読むアラビアのニュース
  • facebook
  • twitter
  • instagram
  • Home
  • アブダビで徳仁天皇の60歳の誕生日記念祝賀会

アブダビで徳仁天皇の60歳の誕生日記念祝賀会

25 Feb 2020
在UAE中島明彦大使を囲む各代表と外交官たち
在UAE中島明彦大使を囲む各代表と外交官たち
ゲストのために新鮮な寿司を調理するキタダ・ユキタカシェフ
ゲストのために新鮮な寿司を調理するキタダ・ユキタカシェフ
歓迎スピーチをする中島大使
歓迎スピーチをする中島大使
ドバイ・アブダビ研究会、小原流生け花教室の日本人メンバーと地元メンバー、そして中島大使
ドバイ・アブダビ研究会、小原流生け花教室の日本人メンバーと地元メンバー、そして中島大使
茶道家によって準備される日本の伝統的なお茶会
茶道家によって準備される日本の伝統的なお茶会
UAE専用の黒いパッケージと共に陳列されるクラウンメロン
UAE専用の黒いパッケージと共に陳列されるクラウンメロン
Short Url:
Updated 26 Feb 2020
25 Feb 2020

月曜の夜に日本の徳仁天皇の60歳誕生日を記念する祝賀会が、アラブ首長国連邦の日本大使館主催でアブダビにて行われ、外交官、地元名士、日本経済界のメンバーといった多くの人々が参加した。

在UAE 中島明彦大使は、日本の新しい年号「令和」についてのスピーチでゲストを歓迎し、「日本の年号制度は7世紀にまで遡ります」という言葉で始め、「年号の変わり目に際し、日本の人々は過ぎ行く年号を振り返り、新しい年号の元で新たなスタートを切り、今後のチャレンジへの思いを強めます」と述べました。大使は湾岸戦争や1995年と2011年に日本を襲った震災、世界的な金融危機といった、「平成」の間に起こった様々な困難にも触れました。

日本とUAEの関係について、中島大使は以下のように話し始めました。「王家と皇室の繋がりは、故ザーイド・ビン・スルターン・アール・ナヒヤーン氏を1990年に日本にお迎えできたこと、そして天皇陛下・皇太子殿下による1995年のUAE訪問、といった多くの機会を通じて平成の時代においていっそう深まりました」。

「経済の面では、UAEは日本にとってエネルギーの安定した供給元であり続け」、それに加えて「日本の石油会社は文化的イベントや展覧会を行い、教育やその他分野での連携を強めてきました」。それと共に、日本によるUAEにおける多方面での事業開発として「ガスタービン機械の保守・管理だけでなく、いくつかのパワープラント事業、ドバイ地下鉄やエティハド鉄道などの公共交通機関事業、パイプライン建造、日本企業による化学製品といったものごと、それから宇宙開発における連携も忘れてはいけません」。

新しい年号である令和について、中島大使はこの新しい時代の始まりがいかに「UAEの今後50年間と重なっていくか」、について語り、そして以下のように述べました。「情報革命の最中にあって、AIのようなコンピューターサイエンスおよび技術が新たな製品とサービスを生み出し、この変化が人々の行動と生活習慣を変えます。それによって社会制度とインフラの変革の気運が引き起こされるでしょう」。

文化の面を強調して、中島大使はどのように「UAEの皆さんが日本文化のエッセンスに興味を抱き、深く知ろうとしている」かを話し、「私がこの国の人々と話す機会には、この国、この地域の文化だけでなく、『私たちの』文化についても多くを学ぶことになります。私はそこにはいくつかの共通の価値観があると感じており、それは謙虚、節度、寛容、調和、共存、他者へのホスピタリティといった言葉で表せると思います」と述べた。

大使は以下のように結んだ。「この2国間の関係が世界平和と安全、経済の繁栄、社会の安定、に寄与し、そして最終的には、『美しい調和』を意味する『令和』の時代の真にグローバルな文明の一部となる、新たな哲学や考えの創出に繋がることを願います」。

 

ゲストはキタダ・ユキタカシェフと、彼のレストランAyaの料理人による新鮮な寿司を大いに楽しみ、世界的に有名な静岡県産のクラウンメロンも並べられた、このメロンは海外部門責任者のスズキ・ヨウスケ氏によれば、この貴重な果物をUAEに持ち込むにあたって用意された特別なパッケージに包まれていた。

舞踏室の一角でお茶会も催され、そこにはドバイ・アブダビ研究会の小原流生け花教室に所属する日本人と地元メンバーによってアレンジされた花束が飾られた。

topics
Most Popular
Recommended

return to top