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紅海とイエメンに焦眉の急告げるFSO「サーフィル」、そのあらまし

ラス・イーサー港沖に浮かぶ浮上式海洋石油貯蔵積出施設「サーフィル」の全体像。Maxar Technologies社提供の衛星画像による。2020年7月19日付。(AFP)
ラス・イーサー港沖に浮かぶ浮上式海洋石油貯蔵積出施設「サーフィル」の全体像。Maxar Technologies社提供の衛星画像による。2020年7月19日付。(AFP)
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21 Sep 2020 11:09:05 GMT9
21 Sep 2020 11:09:05 GMT9
  • フーシ派は修繕の専門家らの立ち入りを拒否 つのる「浮上式時限爆弾」の不安
  • 大惨事回避の方途論じるアラブ環境相会合、サウジアラビアが求める

サイード・アル=バターティー

【イエメン・ムカッラー】イランが後見する民兵組織フーシ派が2014年後半にイエメン西部の港湾都市アル=フダイダを制圧するまで、イエメン国内外の専門家らは紅海に停泊する建造45年のオイルタンカーに定期的に立ち入っていた。

それは、イエメン沖わずか数キロの海上に打ち捨てられた浮体式海洋石油貯蔵積出設備「サーフィル」*が爆発ないし沈没ののち内部の石油を漏出させるという惨事を招かぬよう確認する慣行としておこなわれてきたことだ。が、この8月4日にベイルートで起きた大規模爆発による廃墟を目の当たりにしその教訓が身に沁みたアラブ世界は、フーシ派の引き伸ばし作戦により差し迫る危機をもはやなおざりにはできなくなっている。

[訳注]浮体式海洋石油貯蔵積出設備サーフィル=FSO Safer,“Safer” は英語ではない。イエメンの国有石油企業などを指す صافر の翻字であり、ほかに Safir などとも転写される。

サウジアラビアはサーフィルの状態に懸念を示し、21日、アラブ諸国環境相会合の開催を求めた。アラブ連盟の事務総長補であり経済局長も務めるカマール・ハサン氏が20日出した声明によると、臨時会合では第582号決議の発動にともなう方途および手段についてが議論される方向という。この決議は、2019年10月にアラブ諸国環境問題閣僚会議で採択されたものだ。

その目的は、「2015年より紅海原油積出港ラス・イーサー沖に停泊中の原油タンカー『サーフィル』の保全不能による環境破壊の適切な回避策の策定」となっている。

フーシ派がフダイダを掌握した時点で、FSOサーフィルには総積載量のおおよそ半分となる110万バレルの原油が積み込まれた状態だったと地元当局はしている。当地の技術者らはフーシ派の制圧と同時に、街から避難した。その場にいつづけては身の安全が保証できないと悟ったからだ。

この2年ほど、FSOサーフィルはおりにふれて国内外の注目を浴びている。ソーシャルメディア上に腐蝕した配管類や機関室の漏水といった写真が定期的にアップされていることもその理由だ。そこでは、浮上式火薬庫などとますます恐れられているところだ。

同時期には、イエメン政府当局や環境問題専門家、各国の駐イエメン大使らも、イエメンの人道危機を悪化させるとともに紅海沿岸諸国にも甚大な環境被害をもたらす可能性のある事態を招くとして、警鐘を鳴らしている。

国連は専門家チームをフダイダに送りFSOサーフィルの損傷程度を見極めたいとする提案をしているが、フーシ派は原油の売り上げによる収益をくすねたいという意向からこれを拒絶している。報道によればFSOサーフィルに貯蔵されている原油の価値はかつて4,000万ドルと見積もられたこともあるが、新型コロナウイルスの感染拡大以来原油価格が大幅に落ち込んでいることもあり、いまではおそらくその半値にもならない、ともされる。

腐蝕が進行するタンカーを取引の材料にするフーシ派については、国際社会が承認するハーディー政権が繰り返し難詰し、フーシ派の支配下にある地域の公務員に対する給与支給の再開、フダイダからの政府軍の撤退、港湾に向かう船舶への検閲の軟化などを求めている。


石油漏出となると400万近いイエメン人の生活に壊滅的打撃を与え、漁業資源についても25年間回復を見込めない事態を招くとされる。(AFP)

7月には、もはや一刻の猶予もならぬとの懸念から政府が国連安保理にサーフィル問題を議論する緊急会合の招集を呼びかけている。イエメン当局は各国大使や外交官との会談においてもほぼすべての場合で、タンカー問題とそれに付帯する紅海の環境破壊リスクについて取り上げている。この数か月でも、破滅的事態が人命や経済や環境に及ぶことを回避するために膠着状態を打開することは急務であると、欧米・アラブ諸国の大使ら、国連当局、各種支援団体、専門家らは口をそろえて強調している。

腐蝕のやまぬタンカーについては国連が7月に「爆発寸前の時限爆弾」と称するにいたった。この際国連は、1989年にアラスカ沖で起きたエクソン・バルディーズ号石油流出事故の4倍規模の環境破壊をもたらしかねない原油が積載されているともしている。先週、国連のアントニオ・グテレス事務局長は膠着状態に対する懸念がいや増す中、フーシ派に対しタンカーへの専門家の派遣を認めるよう訴える声明を改めて発している。

トランプ政権の対応としては、国連米政府代表部のツイートの形で見解を示している。「米国としてフーシ派に対し、支援活動および燃料輸入への妨害干渉行為を中止するよう呼びかける。また、フーシ派に対しては、宗教の自由への攻撃を中止すること、および国連専門家チームのオイルタンカー・サーフィルへの即時無条件の立ち入りを許可するよう促す」

駐イエメン英国大使のマイケル・アーロン氏は6月に談話を出し、フーシ派指導部がサーフィル問題対応の専門家集団を受け入れない場合、環境におよぼすと想定される被害はロシア・シベリアで先に起きた2万トンの燃料流出をはるかに超える規模になるとしている。「紅海環境におよぼす脅威は計り知れない。紅海沿岸の全国家が影響を被ることになる」と同氏は語っている。

独立系の研究者らもサーフィルの状況はきわめて深刻としている。2019年の大西洋評議会(Atlantic Council)で発表された論文「紅海に浮かぶ巨大浮上式爆弾がいまこそ注意されるべき理由」では、エネルギー分野の専門家であるイーアン・ラルビー博士、デイヴィッド・スード博士、ロヒニー・ラルビー氏が連名で次のように書いている。タンカーが惨事に見舞われる場合、その結果として、2年にわたるフダイダ停戦は終わりを告げ、イエメンの人道危機はさらに悪化するおそれがある、と。

「爆発の危機は日を追って増大している。もしそんなことが起きれば、近隣の船舶すべてに損害ないし沈没のおそれがあるだけではすまない。その環境におよぼす危機的状況はエクソン・バルディーズ号の石油流出のざっと4.5倍の規模にもなるはずだ」。研究者3氏はそのように書いている。対立する両派が銃撃戦に及び流れ弾一発が当たっただけでもサーフィル内の原油に引火し爆発しかねない、と見積もる研究者もいる。

いったん惨事が起きれば、12万6,000人の漁業従事者らは仕事を失いかねない。イエメンのNGO「フルム・アフダル」はそう語る。

コンサルティング企業「ジョージタウン・ストラテジー・グループ」代表のデイヴ・ハーデン氏は、米政治専門紙『ザ・ヒル』に先月次のような論説を寄稿している。「不吉なのはそれだけではない。この戦争がいかに複雑か、それを考え合わせれば、たった一人の戦闘員が弾丸なり砲弾を撃ち誤れば、8月4日のベイルートの大惨事に匹敵する規模の爆発をもたらしかねない。さらに史上まれな規模の原油流出も引き起こされるのだ」。さらに同氏は続ける。「原油の除去作業のことを思えば気も遠くなる。戦争のさなかに入る身の不安に加え、新型コロナ感染症の健康リスクまでもおまけに付くのだから」

同様の懸念はフダイダの地元政府当局や漁業関係者らの口からも発せられている。フダイダ県副知事のワリード・アル=クダイミー氏は、FSOサーフィルから万が一原油が流出すれば、フーシ派の反政府活動がもたらした人道危機に劣らぬ深刻な事態を招きかねない、としている。

「(原油流出が起きれば)イエメンは今後数十年にわたり影響を被るさらなる重荷を背負うことになる。何万という人々が職を奪われるだろうし、イエメンの海域にいる海洋生物の多様性も破壊されることになる」とクダイミー氏は語っている。同氏は国際社会に対してフーシ派がメンテナンス作業の実施を受け入れるよう圧力をかけつづけてほしいと訴えている。

イエメンはいまや、紛争、人道危機、通貨の暴落、経済の崩壊など何重もの苦しみにあえぐ。であってみれば、沖合に浮かぶ打ち捨てられたタンカーの補修など、本来なら大惨事に結びつく喫緊の課題として警鐘が鳴り響くべきところ、もはやさほど響かぬということなのかもしれない。

だがいまや世界は知っている。ベイルート港の倉庫に爆発性の高い物質を秘蔵していることに何年もの間度重なる警鐘が鳴らされてもこれを無視してきたレバノンの政府当局がどういった事態を招いたのか。ならばFSOサーフィルの問題解決がどれほどの大事か、強調してもしすぎることはない。

  • Twitter: @saeedalBatati
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