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音楽を止めてはならない:レバノン国立交響楽団、生き残りをかけた闘い

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09 Jul 2021 12:07:59 GMT9
09 Jul 2021 12:07:59 GMT9

ジョルギ・アザール

ドバイ:国家の深刻な経済崩壊と財政崩壊が重くのしかかる中、影響を受けていないレバノンの国立または民間の機関を見つけることは難しく、想像すらできない。

地中海の小国の唯一の交響楽団であるレバノン国立交響楽団も例外ではない。

世界銀行の発表によると、レバノンは、19世紀半ば以降の世界最悪の経済危機に陥った三国に入ると予想されている。しかし、1998年にレバノン国立高等音楽院の前学長であるワリード・ホルミエ氏によって設立された同交響楽団は、この危機をなんとか切り抜けることができたようだ。

同交響楽団は国家のみが後援するレバノンの文化機関の1つであり、文化省が、楽団員の給与を支払う一方で、譜面台から楽器などの購入については、地域や国外の寄付者に助けられている。

経費は文化省の予算の一部に含まれているが、その予算が長年にわたり減少し続けている。

文化省の予算は、2018年の480億レバノン・ポンドから2021年には440億レバノン・ポンドに削減された。現在の市場レートに換算すると、約250万ドルに相当する。

21カ月の間に、レバノンの通貨価値は90%以上下落した。食糧不安が急激に高まり、ビジネスも停止したため、人口の60%以上が貧困ラインを下回った。

「私たちの現在の最大の問題は経済的な問題で、外国籍の音楽家の雇用を維持するために闘っています」と、同楽団の常任指揮者であるルブナン・バールバキ氏はアラブニュースに語った。

芸術家一家の出身であるバールバキ氏は、2012年以降、オーケストラの主任指揮者を務めている。

同氏の父親は画家で、兄弟も音楽や芸術の分野で足跡を残している。

しかし現在、バールバキ氏と彼が率いる楽団員は、苦しい戦いに立ち向かっている。

「彼らの給与は地元の音楽家と同等で、現在150ドルから200ドルぐらいです」と、「psychology of conducting(指揮の心理学)」で博士号を取得しているバールバキ氏は語る。

設立当初の楽団の構成員はレバノン人のみで、約50人の楽団員による室内管弦楽団だった。ホルミエ氏は室内管弦楽団を交響楽団にするという念願を実現するために、視野を広げて、トロンボーンやコントラバスのようなマイナーな楽器の演奏スキルを備えた外国籍の音楽家を招き入れる必要があった。

「フレンチホルンなどの楽器はレバノンにないため、演奏者は外国人に限られるのです」と述べた。

楽団員はピーク時に約100人いたが、そのほとんどが外国人だった。現在の団員数は約70人で、外国籍とレバノン人がそれぞれ半数を占める。

「残念ですが、外国籍の音楽家はレバノン人とは異なり、雇用法により他の仕事をすることを禁じられています」と、バールバキ氏は述べた。

経済的に苦しい状態だが、レバノン人の音楽家は収入を確保するために、地元と国外の両方にて民間のイベントで演奏することができる、と説明した。

経済危機が深刻になるにつれて、一部の音楽家は新天地を求めて同楽団を後にした。かつて、その芸術性から称賛を浴した楽団は、多数の国際的な指揮者を客演指揮者として迎え、統一の国家的シンボルへと変容していった。

「ほとんどすべての楽器において、担当する楽団員が少なくとも1人はいますが、規模を縮小して演奏しています」と、若手の優秀な楽団員がアラブニュースに語った。

クラシック音楽の訓練を受けたバイオリンとリュート担当の楽団員は、同僚の団員が別のところからのオファーを受け入れたり、すっぱりと音楽業界を諦めてしまったりしていることに懸念を示した。

「教師のように、我々音楽家も、これから夏休みに入ります。もう連絡してこない団員がでてくるのではないかと、とても心配しています」と、バールバキ氏は語った。 

もしそういう事態にもなれば、楽団は深刻な苦境に陥ることになるだろう、とレバノン国立高等音楽院の暫定院長であるワリード・ムサレム氏はアラブニュースに語った。

また同氏は、「楽団員には、家賃分の月給しか支払われていません」と続け、演奏の音楽的多様性を維持するためには、西欧諸国の楽団員の雇用を維持することが重要であると強調した。

「つまり、地元の団員は家族からの支援を当てにできるのですが、外国籍の団員は頼れないのです」と、バールバキ氏は付け加えた。

レバノンは、2019年後半に経済危機の最初の兆候が現れ始めるまで、文化や金融の中心地と見なされていた。給与の高さ、住宅、交通において、自国と比較してメリットを感じた技術のある外国人を引き付けることができた。

経済的な理由で訪れた彼らも、レバノンという国に魅力を感じて留まった。

「彼らの多くが、長年レバノンで生活したことで、この国に強い愛着を持つようになっています」とバールバキ氏は述べた。

しかし現在、国に失望した多くの若者のように、彼らも人並みの生活を求めて、レバノンを去るという選択肢を考えている。

「彼らにたとえレバノンに対する愛情があったとしても、経済的な支援がなければ、その中の一部がレバノンを去ることは想像に難くない」と、ムサレム氏は語った。

2019年末に始まった大規模な抗議活動の直後に、レバノンの「砂上の楼閣」が崩れ落ちるまで、楽団は、活気に満ちたかつてのレバノンの音楽界の中心的な存在だった。

9月から7月までシーズンを問わず、楽団は30回から33回コンサートを行うが、そのほとんどが無料だと、ムサレム氏が述べた。

開催地には、バールベックのベカーの有名なローマ神殿や、シューフ地方のベイトエッディーンにある200年前の宮殿などが多数含まれており、そこで息を呑むような感動的な演奏が行われていた。

しかし、老後の蓄えを蒸発させた銀行システムの崩壊や、食料不安やインフレの高まりを原因とする国全体に広がる社会不安のため、演奏会の準備はほぼ不可能だ。

そして、COVID-19の大流行により、コンサートホールも閉鎖されたままになった。

「2019年9月以降に開催された演奏会は、今年の6月の2回分を含めて、10~11回くらいです」と、ムサリ氏は述べた。

さらに悪いことに、楽団を監督する国立高等音楽院は、2020年12月に元院長のバッサム・サバ氏がCOVID-19感染後亡くなってから、常任院長がいない状態が続いている。

レバノンでは、国家の役職を特定の宗教団体に分配する権力分立制を採用しているため、音楽院の院長はキリスト教の正教徒でなければならない。

サバ氏が亡くなってから約7カ月経っても、この最高職をめぐって政治家の間で争いが絶えないために、新しい常任院長はまだ任命されていない。

「私はキリスト教の正教徒ではないので、常任院長にはなれません」と、ムサレム氏は述べた。

「音楽には、宗教関係者が絶対に関わるべきではありません」と、バールバキ氏は付け加え、この重要な役職に就くことできる資格のある人材が不足していることを指摘した。

「あらゆる宗派の何千人もの音楽家の中から選ぶという贅沢は、私たちには許されていません。レバノンではすでに音楽家が不足しているのです」と述べ、音楽院の人事への干渉を止めるよう、政治家に呼びかけた。

バールバキ氏によると、常任院長がいなければ、楽団を守るための重要な決定を下すことができない、とのことだ。

このように、ほぼ対処不可能な障害があろうとも、政府からの支援がなくても、両氏は自分たちの苦境を認識してくれる後援者の存在に希望を抱いている。

「私たちは脅威にさらされていますが、楽団と音楽院を守るために、あらゆる手を尽くして闘っています。楽団と音楽院を失うことにでもなれば、レバノンとその文化にとって甚大な損失となるでしょう」と、ムサレム氏は述べた。 

音楽院は現在、財務支援を強化するために欧州連合および外国大使と協議中と、政治哲学の博士号を持つ学者でもある同氏が語った。

「レバノンのような国に国立劇場が1つもないなんて、想像できますか?」と、バールバキ氏は信じられないといった様子で言及した。

地中海の小国の唯一の交響楽団であるレバノン国立交響楽団には、国家の深刻な経済崩壊と財政崩壊が重くのしかかり、影響が及んでいる。

 

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