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経済的、政治的要因がイランからの移民を推進

当局は移民の原因として、イランにおける医療労働者の低賃金を指摘する一方、政治的・地政学的文脈には一切言及しない――AFP
当局は移民の原因として、イランにおける医療労働者の低賃金を指摘する一方、政治的・地政学的文脈には一切言及しない――AFP
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09 Jan 2024 09:01:52 GMT9

最近のイランからの移民の動向には2つの異なるトレンドがある。第一に、エリート層の西側諸国への移民が加速している。公式データによると、イランからの移民は米国、オーストラリア、カナダ、ドイツ、英国などの国々への移住を選んでいる。第二に、2010年代終盤以降の新たな現象として、労働者などの低所得者層のイラン人移民が、社会経済状況の悪化と政情不安を背景に活発化している。

これにより、イラン移民の移住先として、UAE、カタール、クウェート、オマーンといった湾岸諸国やトルコなどの新たな国々が台頭しつつある。公式な報告書からは、イラン人労働者の移住意欲の高まりが見て取れる。例えば、保守派の国営新聞ホラサン紙は、イラン人向けにイラクでの職を斡旋する広告の増加を報じている。イランの労働者層は今、最低賃金がイランよりも高いイラク北部のエルビルへの移住を検討している。また、クウェートなどの国々では高収入が見込まれるため、こうした国々をめざすイラン移民は大幅に増加している。トルコ、イラク、アゼルバイジャン、UAEといった国々の賃金は、イランの2〜3倍に相当する。

結果として、イランの労働賃金が相対的に低いことが、イラン人労働者が母国を離れる要因となっている。ホラサン紙の分析によると、UAEの労働者は月収1500〜2000ドルを得られ、オマーンでは約800ドル、トルコでは600〜800ドルを期待できる。一方、イラン国内の労働者の賃金はしばしば月収200ドルに満たない。

若者の間で移住意欲が非常に高いことは、とりわけイランの政治権力にとっての懸念材料だ。

モハメド・アル・スラミ博士

逼迫する経済状況を考えれば、イラン社会のもっとも貧しい層での移民増加はさらに顕著なものになってもおかしくないが、経済的理由、言葉の壁、家庭の事情で国を離れることを諦める人々もかなりの数が存在する。若者の間で移住意欲が非常に高いことは、とりわけイランの政治権力にとっての懸念材料だ。

移民意欲をもつイラン市民が挙げる理由には、イランの経済・政治制度における能力主義の欠如、イランの労働市場における雇用の不足、劣悪な労働条件、低賃金などがある。ホラサン紙は昨年12月、大学新卒者の67%が移住意欲を示したと報じた。イラン・イスラム共和国科学アカデミーのエリート移民ワーキンググループに所属するラスル・サデヒ氏は、「2014年から2015年にかけて、18歳以上のイラン人のなかで移住意欲をもつ人の割合は23%だった。しかし2021年から2022年にかけて、この割合は46%に増加した。7年間で2倍になったのだ。ここから経済と社会の構造が多くの問題を抱えていることがわかる」と説明する。

経済協力開発機構(OECD)のデータによれば、2020年から2021年にかけて、イランは世界でもっとも顕著な移民増加を経験した。2020年のイランからの移民は4万8000人だったのが、2021年には11万5000人となり、141%の増加を示したのだ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、2022年、世界各国で新規に難民申請をおこなったイラン国籍者は前年比で44%増加した。

イランの貧困層移民はいまや大挙して母国を離れつつあり、しばしば危険な手段に頼って西側諸国に入国を試みる。2018年から2023年3月の間に、密航業者の小型船でフランスから英仏海峡を渡って英国に入国した移民のなかで、イラン国籍者は最多を占めた。さらに、イラン国家統計局によると、年間3000人以上の看護師と1万人以上の医師が出国しており、年平均1万6000人の学生たちがより高い教育を求めてイランを離れている。

イランは「無秩序な大量出国」を経験していると、イラン移民観測所は指摘する。

モハメド・アル・スラミ博士

テヘランに拠点を置き、イラン人の移住希望者向けにサービスを提供するニルガムセンターは、2010年から2020年の間に約50万人が恒久的に国を離れたと主張する。2020年4月のスタンフォード・イラン2040プロジェクトの発表によれば、イラン生まれの移民人口は1979年のイスラム革命以前は約50万人だったが、2019年には310万人にまで増加した。

全体として、低所得者層の移民増加により、イランは「無秩序な大量出国」を経験していると、イラン移民観測所は指摘する。この新たな傾向は、経済状況の悪化に加え、イラン国内での批判に対する度重なる弾圧の結果である。最近の抗議運動には、2009年の「緑の運動」、2017〜2018年の大規模デモ、2019年の石油価格高騰への抗議デモ、そして2022年秋にマフサ・アミニさんの死を受けて巻き起こった「女性、生命、自由」を掲げた抗議デモなどがある。

経済的および政治的要因の組み合わせが、最近のイランからの移民の波を推進している。いまや出国者を構成するのは、学生、アスリート、アーティスト、熟練労働者や技術者だけではない。イランの一般労働者や農村出身者の割合が増加しているのだ。

この問題に対処すべく、イラン当局は高いスキルをもつ一般学生や医療関係者の出国の抑制をはかっている。例えばイラン医療評議会は、国内の医療制度の崩壊を防ぐため、医療関係者が「容易に出国できないようにすべき」であると表明した。

一方、イラン政治制度のイデオロギー的側面を担う権力者たちは、高技能のイラン人移民を「売国奴」と貶めるか、移民増加は敵国による誇張であるとみなす。イラン革命防衛隊のホセイン・サラミ最高司令官は、医師と看護師の大量移民に警鐘を鳴らすレポートは、イランの敵国による「心理戦」の一環であり、「ネガティブプロパガンダであり嘘」だと主張する。だが、イランオープンデータが発表した最新の報告書によれば、職を求めてイランからより豊かな国へと出国する医師の数は、国内で教育訓練を受けて新たに医師になる人の数を、年間で30%上回っている。

当局は移民の原因として、イランにおける医療労働者の低賃金を指摘する一方、政治的・地政学的文脈には一切言及しない。移民の新たな傾向と加速度的増加に対する政治的立場からの否定は、政治制度改革を回避するための権力者層の戦略の一環であり、国内の課題や人々の不満から目を背けるものだ。こうした政治戦略は、弱い立場を認めて改革に着手することは、イランの政治制度の終わりの始まりであるという発想に基づいている。このような戦略は政治制度を延命するツールとして長く利用されてきたが、いまや経済と社会に対する負荷は限界に達しつつあり、過去10年間にわたり国外移住を試みるイラン人はますます増え続けている。

  • モハメド・アル・スラミ博士は、イランスタディーズ国際研究所の創設者兼代表。X: @mohalsulami
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