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シリア問題――トルコとロシアに迫る、いまひとたびの「最後の審判」

シリア北西部カミナース村を進軍するトルコ兵。(AFP)
シリア北西部カミナース村を進軍するトルコ兵。(AFP)
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07 Mar 2020 11:03:08 GMT9
07 Mar 2020 11:03:08 GMT9

スィネム・ジェンギズ

どの国にも国論を二分するような議題というものがいついかなるときも存する。内外の課題の中で一貫して他を圧するような問題だ。

トルコの場合それは過去10年、一にシリア紛争であり、また戦乱の焦土から逃れてきた難民の問題である。年を追うほどに新たな問題が積み重なり、いずれ早期に解決するような目処もない。その理由はごまんとある。

まず何より、今後数年間シリアで起こることが何であれ、戦争の終結がいかなる形のものであれ、トルコ政府には一見の客である意思はないということ。利得が集約するだけに、この隣国の将来に口を挟む権利を残すことはトルコの至上命令だ。トルコ政府はこれまでにもこの最終目標のためハードパワーもソフトパワーも駆使してきたし、汗をかいた分だけの実入りは得たい考えだ。

が、こうした目標達成のためとはいえ、トルコとしてはシリア紛争の利得で他の主要プレーヤーと鋭く対立することは避けたい。これはつまりロシア・イラン・米国ということで、いずれの国も紛争の先鋭化に果たした役割は大きい。この10年、トルコの対露関係・対イラン関係、また対米関係・対EU関係は厳しい試練にさらされ、その結果数多くの危機を生んだ。これら利害関係国との関係を決定的に損ねない手堅い道筋を探ることはトルコ政府にとって、これまでもこれからも難題なのだ。

第三に、シリア難民をめぐる議論は人道問題の次元を越えて国内政策・対外政策に影響する政治課題となっている。トルコ政府は当初10万人までの難民受け入れとしたが、今では400万人以上が流入している。これはトルコ国内で、経済的にも社会的にも政府を圧迫する問題となっている。

トルコでは国論を二分するような議論は多岐にわたるが、シリア難民問題ほど分裂した問題もない。トルコが欧州諸国へ手を替え品を替え難民の話を持ち出すゆえんもこうしたところにありそうだ。

第四に、トルコ政府の対シリア政策はもともと野党勢力の批判材料だった。このため政府は、シリア問題はトルコ国民の安全安心の問題なのだと正当化する方向性を強め、「シリアの平和はトルコの平和」なるスローガンにまでいたっている。これまでトルコはシリアで三次にわたる軍事作戦を実行、トルコの安全保障上の危難とされるテロリストの脅威を取り除くためとした。こうした軍事作戦についても、二分した国民からそれぞれ賛否が寄せられている。

トルコ政府の対シリア政策がどう持ち堪えるか、今週のモスクワ会談が現地情勢にどう影響するか。時のみぞ知る、だ。

スィネム・ジェンギズ

最後に、シリア紛争は一体トルコにとって擾乱の脅威というよりないが、わけてもイドリブ問題の解決は至難の業と思われる。いまシリア北西部で起きていることはもはや代理戦争なのではない。トルコ軍とシリア政権軍が正面から対峙しているのだ。むろんシリア政権軍の頼れる後ろ盾はロシアだ。

最近イドリブでトルコの車両縦隊が襲撃され、トルコ兵33人が殺害された一件は転機となった。アスタナ・プロセスやソチ合意でトルコとロシアが得た進展がすべてふいになりかねなかった。トルコ軍がシリア軍根拠地へ報復攻撃を仕掛けたことで情勢はさらに混沌とすることとなった。

ロシアの意図するところは何か。シリア反体制派最後の拠点イドリブで、支援先のアサド政権側の勝利を得たいのはむろんのことだ。勝利すればロシアの対中東拡大政策にも道が開ける。勝てば西側、特に米国に対する決定的な勝利ともなりうるのだ。

が、これが通ればトルコが長らく温めてきた対シリア計画とぶつかることになる。こうした二律背反のなか、トルコとロシアの指導者はいかなる妥結点を見いだせるのか。4日、問題解決のためトルコのエルドアン大統領はモスクワへ飛び、ロシアのプーチン大統領との直接会談に臨んだ。エルドアン氏はプーチン氏とはこの数年間何度も会っている。

が、今回の会談はこれまでとは決定的に違った。両首脳はシリアの重大局面を論じる上で、合意を図るため会ったのではなかった。「合意しないことで合意する」ために会ったのだ。

シリア内戦の勃発以来、両首脳は危機が起こるたびに手を取り合ってきた。ロシア機撃墜、トルコによる越境軍事作戦「ユーフラテスの盾」「オリーブの枝」「平和の泉」などといった危機からもともかく活路を見いだしてきたのがこの二人だ。アスタナ平和プロセスもこの二人が絵を描いた。

政府寄りのトルコ人コラムニストがこんなことを書いている。「エルドアン氏がプーチン氏に寄せる信頼は揺らいでいる。今のところまだ、『わが友プーチン氏』と呼んでいて、『プーチン大統領』とそっけなく呼ぶまでにはいたっていないが」。プーチン氏はエルドアン氏との会談前の合同記者会見で、殺害されたトルコ兵らへ哀悼の意を表した。エルドアン氏は、トルコ政府としてロシアとのつながりを深めイドリブの危機の解決策を見いだしたい、と語った。

最も耳目を惹く言葉はプーチン氏の口から出た。「イドリブ情勢の悪化はかつてないものだ。このため、われわれ二人が個人的に会い、こうしたことは二度と起こらないしロシアとトルコの関係も破綻しないとわざわざ言わねばならぬほどだ」

イドリブはすべての岐路に立つだけにトルコ政府にとってはシリア紛争における重大局面といえる。トルコがイドリブ撤退を余儀なくされる場合、これまで軍事作戦を実行してきた場所からの全面撤退につながりかねない。目下の情勢ではトルコ政府にはとうてい飲めない選択肢だ。

この場を何とか切り抜けられれば今後シリアでの発言権が強まるばかりか、さらに広い圏域でも大きく出られることは、トルコ政府も百も承知だ。トルコ政府の対シリア政策がどう持ち堪えるか、今週のモスクワ会談が現地情勢にどう影響するか。時が経てばいずれわかる。

  • スィネム・ジェンギズ氏はトルコの政治アナリスト。専門はトルコ-中東関係。ツイッター:@SinemCngz
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