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ベイルートの銀行強盗犯がレバノンの悲惨な金融崩壊の英雄になった理由

人質犯が国民的英雄であると広くみなされる事態は、金融崩壊に対するレバノン国民の絶望の深さを際立たせている。(AFP)
人質犯が国民的英雄であると広くみなされる事態は、金融崩壊に対するレバノン国民の絶望の深さを際立たせている。(AFP)
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18 Aug 2022 12:08:20 GMT9
18 Aug 2022 12:08:20 GMT9
  • 世界は食料や燃料の価格高騰にあえいでいるが、レバノン国民は長くハイパーインフレとその影響に耐えてきた
  • 国民的英雄と見なされているバサム・フセイン氏の釈放に向けた動きは、告訴取り下げ後に驚きもなくやってきた

ナディア・アル・ファウル

ベイルート:先週ベイルートの銀行を襲撃し人質をとった男を、16日にレバノンの検事総長が釈放したというニュースは、たいていの国では国民を憤慨させるものだろう。だが、バサム・フセイン氏は普通の人質犯ではなく、レバノンは普通の国ではない。

8月11日、フセイン氏は銀行員や来店客に銃を突きつけ、フセイン氏本人の資金の返還を要求したと伝えられている。レバノン国営通信によると、同氏は病気の父親の医療費を賄うため、凍結されている21万ドルの預金の一部の引き出しを要求し、要求が拒否されると、「銀行に放火して全員殺害する」と脅迫した。

フェデラル銀行がフセイン氏に対する告訴を取り下げたことを受け、検事総長が決定した。フセイン氏は、銀行が厳しい預金引き出し制限など、あらゆる種類の制限を利用客に課している国で、国民的英雄になった。

フセイン氏がターゲットにしたのは銀行だが、多くの国民の眼には、その破れかぶれの行動が指弾しているのははるかに巨大な腐敗であると映った。

かつて「中東のスイス」と形容され、外国人投資家、芸術家、知識人に愛された国であったレバノンは、永久に失敗し続ける国家になり、今年のインフレ率が200パーセントを突破したという不名誉を負っている。

先週、ニューヨーク・タイムズ紙は、現在9パーセントに達している米国のインフレ率の上昇を、90パーセントのアルゼンチンと比較する記事を掲載した。アルゼンチンは、1980年代に3,000パーセントという「信じられない」ほど高いインフレ率を経験している。南米の国アルゼンチンの市民は必死になって対応し、建物からコーヒーまであらゆるものの支払いに現金を使用し、銀行以外のあらゆる場所に金銭を保管している、と同紙は報じている。

アルゼンチン同様に、かつては回転式のガラスドアで人々を歓迎していたレバノンの銀行は、現在はセキュリティのために重金属と有刺鉄線で防備を固めており、それらのすべてに、預金へのアクセスを拒否され破れかぶれになった人々がスプレーで落書きして怒りを表明している。

2019年に始まった深刻な金融危機は、通貨価値の急速な下落と手に負えないインフレをもたらし、未曽有の数に上る多くのレバノン人家庭を貧困ライン以下へと突き落としている。

レバノンでは、パンは補助金の対象になっている数少ない食品の一つである。(AFP)

この悲劇を地で行くのが、特別支援教育が必要な息子を抱える未亡人のラシェルさんだ。夫は2年前、レバノン経済の破綻で失った大金をめぐる家族間の長期に及ぶいさかいの果てに自殺した。

本人の希望により姓は記さないが、ジュニーエに住むラシェルさんは、銀行口座から月400ドルまでしか引き出すことができない。銀行がより多くの預金を集めるために不当に高い利息を支払い、資金不足に陥ったために、自分の預金に自由にアクセスできないレバノン人が何百万人もいるが、ラシェルさんもその1人である。

銀行危機はすぐさまレバノン・リラに影響を及ぼした。通貨市場でのドル不足、同国ユーロ債のデフォルト、その結果として自国通貨の安定性に対する信認の喪失のすべてが、リラの急速な下落の要因になった。

2019年来、レバノンの通貨価値は90パーセント以上失われた。その結果、国民の購買力は著しく低下し、さまざまな商品が店の棚から消え失せ、物価は急騰し、レバノンは「飢餓」のホットスポットであると宣言された。

非公式に資本規制が実施された後、レバノン国民のほぼ8割が貧困ライン以下の暮しを送っていると考えられている。

世界銀行の最近の報告書は、金融崩壊は「意図的」であり、現代における最悪の経済危機の一つであると評している。

ラシェルさんは現在、地元のNGOが配布するフードスタンプや小包に加え、海外在住の家族や姻戚関係にある人からの少額の送金で生きながらえている。

「請求書の支払いもできません。住宅から立ち退きを強いられるかもしれないといつも怯え、不安にさいなまれています。糖尿病を患っており、かろうじて治療薬を買えるに過ぎないので、まったくあきらめかけています」と、ラシェルさんはアラブニュースに語った。

ラシェルさんと同じように、最近では何百万人ものレバノン人が医薬品を購入できなくなっている。医薬品はすべて海外から輸入しており、リラの価値が下がるたびに価格が急騰する。

レバノンは数十年にわたり腐敗にさいなまれており、政治エリートとのコネがある人たちが、他のすべての国民の犠牲の上に利益を得ている。2019年の経済崩壊の結果、中産階級はほぼ完全に消失し、その人たちは現在ワーキングプアになっている。

「危機以前には、中産階級らしきものが存在していました。インフレの結果、多くの人が貧しくなり、あるいは貧困ライン以下に突き落とされました」と、ベイルート・アメリカン大学の金融学教授であるモハマド・ファウル氏がアラブニュースに語った。

同氏は、レバノンにおける経済的不平等の悪化に言及しながら、「中間にあったすべてのものが消滅しました。ドルで収入を得る『ニューリッチ』という新たな階級が誕生しましたが、その人たちでも状況がすっかり安定しているわけではありません」と述べた。

今年4月、レバノンの資本規制法案に反対してデモ行進する人たち。(AFP)

天を衝くようなインフレの問題に、1週間で1ドルが2万リラから3万リラに動くこともある為替レートの大きな変動が重なり、資金計画が不可能になっている。

さらに悪いことに、(たいていは中央銀行が市場にドルを注入した結果)リラが上昇しても、価格はめったに下がらない。

レバノンの大学を卒業したが職に就けていないベイルート在住のエリーさんは、アラブニュースに対し、「制御不能な価格変動にある程度慣れてきました。危機が始まって以来、いくつかの点で妥協し、購入するすべての商品で値段を確認するようになりました」と語った。

そして、「今でも驚かざるを得ないのは、価格統制がまったく行われておらず、同じ日に同じ商品に店によってまったく異なる複数の値段が付けられていることがあることです」と付け加えた。

ファウル氏はアラブニュースに対し、この異常事態に対する不満は正当なものであるとしながらも、レバノンに限られることではないと説明した。「通貨(危機)に直面しているすべての国でこのようなことが起こります」

かつて「中東のスイス」と形容され、外国人投資家、芸術家、知識人に愛された国であったレバノンは、永久に失敗し続ける国家になった。(AFP)

「商品や通貨の価値は期待に基づくもので、レバノンでは状況が混沌としており、全般的に地合いは良くありません」

「しかし、多くの輸入業者が不透明な状況から利ざやを稼いでおり、その巨大な搾取的要素も無視することはできません」 

政治家や官僚の経済運営の誤りや不作為は、手に負えないインフレの要因であるとみなされている。ファウル氏は、国際通貨基金が提案した合理的な改革は、政治的につながりのある銀行家と政治家が必ず妨害してきた、と述べた。

レバノンを統治する従来のすべての政党や政治家は、国を地獄に突き落とすのに一役買ってきた、と同氏は述べた。

「権力分担の合意のために、いかなる意思決定も不可能になっています。問題に真正面から取り組む必要があります。しかし、これは、向こう見ずな融資決定のために大きな打撃を被ることになる銀行のオーナーたちと対決することを意味するため、きわめて困難です」

「預金者に、これまでに何を失い、まだ何を手にできるかを、伝えられるようにしなければなりません。転落の痛みを和らげるセーフティネットが必要です。安定を取り戻すためには、残念ながら不人気な決定が必要になります」

ファウル氏によると、金融危機の開始以来、市場でレバノン・リラの量は相当増えているが、そのことは問題の核心ではないという。

ザルカのガソリンスタンドで人々が何時間も車の中で給油を待つ、レバノンではすっかりお馴染みになった光景。(AFP/資料写真)

同氏はアラブニュースに対し、「国民は、インフレは政府が紙幣を刷りすぎているためであると誤解していますが、それは正しくありません」と述べた。

「インフレは、為替レートの崩壊と、緊縮を特徴とする政府の財政政策の結果です」

同氏は、「公務員の給与は現在でも元の1,500リラの為替レートになっています」と指摘し、「実際には、政府の支出額は不十分な額に留まっており、財政赤字は劇的に減少しています」と述べた。

レバノン国民にとって、今回の急激な経済の悪化は、グラフの上の数字以上の意味を持つ。生活必需品ですらますます確保しづらくなり、レバノン人のメンタルヘルスに大きな打撃を与えている。

職に就けていない新卒者であるエリーさんは、「周りの人たちは、少なくともその一部は、明確に否定しています」と、哲学的な口ぶりでアラブニュースに語った。

「今は誰でも、わずか数年前とは劇的に変化した現在の日常生活に慣れたし、『もっと悪化していたかもしれない』と口にするでしょう」

「しかし、内心では、絶対にそうはならなかったとわかっていますし、ときどき生活のあらゆる側面が耐えがたく、心理的な消耗を強いるもののように感じられることも理解しています」

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