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彼女の瞳を通したディルイーヤ

サウジアラビア・ディルイーヤで最も活気のあるエリアのひとつ、ワディ・ハニファ周辺でピクニックを楽しむ家族連れ。ワディ・ハニファは、首都リヤドの街を横切り北西から南東へ120kmにわたって続く窪地(季節河川)である。(提供写真)
サウジアラビア・ディルイーヤで最も活気のあるエリアのひとつ、ワディ・ハニファ周辺でピクニックを楽しむ家族連れ。ワディ・ハニファは、首都リヤドの街を横切り北西から南東へ120kmにわたって続く窪地(季節河川)である。(提供写真)
サウジアラビア・ディルイーヤのワディ・ハニファは、首都リヤドを横切り、北西から南東へ120kmにわたって続く窪地(季節河川)である。(提供写真)
サウジアラビア・ディルイーヤのワディ・ハニファは、首都リヤドを横切り、北西から南東へ120kmにわたって続く窪地(季節河川)である。(提供写真)
サウジアラビア・ディルイーヤで最も活気のあるエリアのひとつ、ワディ・ハニファ周辺でピクニックを楽しむ家族連れ。ワディ・ハニファは、首都リヤドの街を横切り北西から南東へ120kmにわたって続く窪地(季節河川)である。(提供写真)
サウジアラビア・ディルイーヤで最も活気のあるエリアのひとつ、ワディ・ハニファ周辺でピクニックを楽しむ家族連れ。ワディ・ハニファは、首都リヤドの街を横切り北西から南東へ120kmにわたって続く窪地(季節河川)である。(提供写真)
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22 Sep 2021 09:09:43 GMT9
22 Sep 2021 09:09:43 GMT9
  • サウジアラビアの1人の老婦人が語る、リヤドから緑豊かな田舎へ日帰りドライブに出かけた幸せな記憶

ロジエン・ベン・ガッセム

リヤド:ディルイーヤとその中心地にあるユネスコ世界遺産のアル・トライフは、世界中から旅行客が訪れる文化的観光地になろうとしている。

だが何世代ものサウジ国民にとっては、ディルイーヤとそこを囲む一面の農園は、常に心の中の特別な場所であり続けるだろう。リヤドで60年以上暮らす81歳の老婦人、マディハ・ジョハリさんがその1人だ。

「ディルイーヤを思い出す時、浮かんでくるのはその美しさ、おもてなし、それに楽しい時代よ」と彼女は言った。

「美しい場所よ。鮮やかな緑が生い茂っていて、見渡す限りヤシの木に囲まれているの。」

ジョハリさんが思い起こすのは、鍋やフライパンを車に積み込み、リヤドからの日帰り旅行に出発する家族の興奮だ。ディルイーヤは当時田舎で、市街地から遠く離れた場所のようだった。

「喜びにあふれた場所なの」と彼女は言った。「子供たちを週末に連れて行ったものよ。車で40分だったけれど、とても遠い場所だと皆思っていて、ドライブ旅行だったわ。」

「現地には小さな食料品店しかないものだから、必要な食品を荷物に入れてね、出発したものよ。」

都市から人々を引き寄せるディルイーヤの涼しい気候と緑豊かな農園は、今も変わらない。「その地域に住んでいる友人たちを訪ねて、現地で料理をしてね。子供たちが遊んで、男たちがお茶を飲みながらカードゲームをする間に、夕食のご馳走を用意したわ」と、彼女は語った。

「私たちが到着したのを見ると、地元の人たちが農園から果物をくれたものよ。」

ジョハリさんは、リヤドとその周辺地域の変化の速さに驚いている。

「リヤドの南部地区、マラズに住んでいたの。昔は、そこが首都の中心街だとされていたの」と彼女は語った。

「ディルイーヤは別の村だとされていたのに、今では息子が住む場所からたった6分というところまで首都は広がったわね。信じられないわ!」

年月と共に、リヤドは劇的に大きくなった。その成長を促進したのは、50年をこの都市に尽くした、一人の男性の情熱だ。2015年に王位に就く前、1963年から2011年にかけて、サルマン国王はリヤドの州知事だった。その48年間で、この都市は見違えるほどの発展を遂げたのだ。

リヤドの並外れた変化を統括したのは、サルマン国王だ。1963年には人口20万人の小都市だったものが、彼が王位に就く頃には、700万人を超えるまでになっていた。

ディルイーヤ・ゲートという意欲的な計画に具現されている国王のリヤドにかける情熱は、この都市が急激な成長を始めた70年代の彼の演説にも表れている。

「そこに身体を置くことができない時にも、私は常にリヤドと共にいます」と、国王は語っている。「私にとって、リヤドは故郷です。そこは過去であり、現在であり、未来なのです。」

「リヤドから離れている時、街について考え続けています。運営や事務のこと、道路や庭園のこと、子供たちの遊び場、学校、病院、あらゆる業務のこと。街の隅々が私と共にあり、思考の中に、心の中にあるのです。」

「リヤドの全ての街路に、自分が存在するかのように感じます…1歩ごと街の中のあらゆるプロジェクトを観察すると、街と、住民への愛を心から感じます。」

現在、国王のリヤドへの熱意は、ディルイーヤ・ゲート開発局理事長を務める息子のムハンマド・ビン・サルマン皇太子によって未来へ引き継がれようとしている。

同市で1月に開催された第4回国際『未来投資イニシアチブ』で、「私たちは、リヤドを世界10大都市経済の1つにすることを目指しています」と、皇太子は述べた。

「現時点では40位、世界で40番目の都市経済です。なお、住民を現在の750万人から、2030年にはおよそ1,500〜2,000万人へ増やすことも目指しています。」

ディルイーヤ・ゲート開発の中心にあるのは、再生されたディルイーヤと歴史あるアル・トライフだ。それらはビジョン2030で描かれている通り、リヤドだけでなく、サウジアラビア全体の社会的、経済的変革において重要な役割を果たすことになる。

ジョハリさんに関しては、ディルイーヤの急速な変化を認識している一方で、彼女が懐かしく思い出すおもてなしと寛容さが変化の中心となっていることに喜んでいる。

「この数年、あそこには行っていないの。でも孫たちが、どんなふうに発展して成長しているかを聞かせてくれるのよ」と、彼女は語った。

「私にとって、ディルイーヤは愛する人たちとの時間を楽しむために集まる場所。それは今でも変わらず、でも昔より大きな規模になっているのね。」

ディルイーヤ: 過去、現在、そして未来
アラブニュース ディープダイブ特別版王国発祥の地へ
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